社長日記

感動のメール

2010年05月23日

下記 東京の沼田さん(光冷暖提携先社長)から 送られてきたメールの一部です。  感動しましたので 皆様にも ご紹介させて頂きます。      

        感動モノに弱い タリック


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 ちょっと良い話
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○母さん、ごめんなさい○

物心ついたときには、私の側に母はいませんでした。

小さいころは、母がいないことに疑問を感じないほど
父や祖母から愛情を受けて育ちました。

しかし、友達との家庭環境の違いから、母親がいないことに
少しずつ疑問を感じ始めました。
子供時代の写真があまりなく、数少ない写真も右側半分を
切り取られているものばかりでした。

さすがに中学生になると、疑問に思う感情を抑えきれず
父に聞きましたが、話をはぐらかされ真相は聞けませんでした。

父子家庭で苦労して育ててくれている父への感謝の気持ちの方が大きく これ以上問い詰めることができずに長い年月が過ぎました。

私が成人式を迎えた日、父から思いもよらない話がありました。

「今まで隠していたけれども、お前には逢ったことのない母がいる」と 母の名前と連絡先を書いた一枚の紙を渡されたのです。

翌週、私は母が住んでいる埼玉県に行くことを決意しました。

母に逢うまでの一週間は、当時一歳だった私を捨てた母を
恨むばかりでしたから、今までの恨みや寂しさをぶつけようという気持ちで向かいました。

初めて母と対面したときのことは忘れられません。

記憶はなく顔も知らないはずなのに、顔を見た瞬間
止めどもなく涙が溢れてきました。

こんなに泣いたことはありません。

あの恨みはどこにいったのか、母の胸で泣きました。

別れることになった理由、この20年間の出来事を
時間を忘れて話しました。

一度は幼い私を連れて逃げようとしたこと、逢わないと約束したため 長崎を離れたこと、保育園で陰から見てくれていたこと・・・・・たくさん話しました。

別れて子供を手放すことになった理由などどうでもよくなり
離れていても子を想う母の愛情を感じました。

家を出るときに、たった一枚だけ持っていた写真を見せてもらいました。

その写真には、母と私が二人で写っていました。

実家で見た右側だけが切れている写真でした。

毎年、私の誕生日にはその写真を見て、大きくなった私を
想ってくれていました。

「母さん、ごめんなさい」。

今まで姿の見えない母親を恨んで生きてきた自分が情けなくなりました。

「母さん、いつも見守っていてくれてありがとう」。

今まで親孝行できなかった20年分以上の親孝行をしていこう
と誓いました。

出典:『理念と経営』H22年5月号掲載  第二回「心に残る、ありがとう!大賞」入選作より 佐藤 宏樹 著








※この記事は 「タリックの部屋(http://ameblo.jp/hyota/entry-10542540892.html)」 と重複しています。ご了承下さい。


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